東京高等裁判所 平成4年(ラ)39号 決定 1992年2月05日
抗告人(債務者)
石田洋司
相手方(債権者)
石田マリ子
主文
本件執行抗告を棄却する。
理由
一本件執行抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状の写しに記載のとおりである。
二厚生年金保険法四一条一項、国家公務員等共済組合法四九条は、それぞれ法に基づく給付を受ける権利の差押えの禁止を定めているところ、本件記録によれば、本件差押債権のうち、抗告人(債務者)の第三債務者株式会社三菱銀行に対する抗告人(債務者)の普通預金口座(本件口座)は、抗告人(債務者)の受給する厚生年金及び国家公務員共済年金の振込口座となっており、昭和六二年一一月二日以降の本件口座への入金は、もっぱら各年金の振込に基づくことが認められる。
しかし、これらの差押えの禁止が定められている給付であっても、いったんそれらが受給者の預金口座に振り込まれた場合は、その全額を差し押えることは何ら違法となるものではないというべきである。なぜなら、それらの年金などの給付が銀行口座に振り込まれた場合は、その法的性質は年金受給者の当該銀行に対する預金債権に変わるものであるし、さらに、右銀行預金債権差押えの申立てがあった場合、執行裁判所としては、債務者及び第三債務者を審尋することは予定されていない(民事執行法一四五条二項)以上、当該預金の原資の性質を知ることは甚だ困難であること、加えて、次に述べる民事執行法一五三条一項の申立てがないのに、差押命令発令の当初から預金の中身が年金などの振込みに基づくものであるかどうかなどを考慮の上、差押えの当否や範囲を制限することは相当でない、と考えられるからである。
もっとも、厚生年金保険法や国家公務員等共済組合法等により差押えができない旨定められている給付について、それらが受給者の預金口座に振り込まれた場合においても、受給者の生活保持の見地から右差押禁止の趣旨は尊重されるべきである。しかしその救済としては、民事執行法一五三条一項所定の申立てが可能であり、執行裁判所は、債務者から右申立てがなされた場合、債務者及び債権者の生活の状況その他の事情を考慮して、差押命令の全部または一部の取り消しを行うことができるとされているのである。
したがって、原決定に何ら不相当と認めるべき点はない。
三以上のほか、原決定には何ら違法の点はないから、結局原決定は相当であって、本件抗告は理由がないから棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官山下薫 裁判官松岡靖光 裁判官豊田建夫)
別紙執行抗告状
抗告の趣旨
東京地方裁判所民事第二一部が平成三年一一月一八日になした差押命令を取消す。
との裁判を求める。
抗告の理由
1 抗告人は、東京地方裁判所平成三年(ル)第五三二四号債権差押命令に基づいて(担当部東京地方裁判所民事第二一部)、金四、一三三、〇八八円のうち、金三、一三三、〇八八円については抗告人が第三債務者たる太陽神戸三井銀行(新宿西支店扱)に対して有する普通預金(別紙添付書類No・1)に対して、又金一、〇〇〇、〇〇〇円については、抗告人が第三債務者たる三菱銀行(新宿新都心支店扱)に対して有する普通預金(別紙添付書類No・2)に対して、それぞれ差押えられた。
2 しかしながら、抗告人は現在、身体障害により、(別紙添付書類No・3)働らくことが出来ず、リハビリテーションの毎日を送っている状態であり、従って抗告人は前記添付書類のNo・1、No・2の預金である年金収入のみに頼って生活をしているものである。
3 よって、該預金債権を差押えられると、抗告人の唯一の生活の糧である年金収入を奪われることになるので、本差押は不当であるから、その取消しを求めて本執行抗告に及んだ次第である。
別紙添付書類<省略>